#002 テアトル・ド・バレエカンパニーの男の子ダンサーにインタビュー
  • バレエをはじめたきっかけは?
    • 榊原「はじめに児童舞踊をやっていて、踊りを続けていくうちに「クラッシックがやりたい。トゥシューズが履きたい!」って思うようになったんです。 それで、11歳の時に塚本先生のところに来ました。 その時、ひとつ年下で1年前に入団していた荒井祐子ちゃんがいましたね。 レッスンは最初、週2回のペースで始めたんですが・・・気が付くと毎日踊ってました(笑)。」

  • 塚本洋子バレエ団でのエピソード、今でも覚えていることはありますか?
    • 榊原「エピソードか・・・何かあるかな・・・?」

      塚本「レッスン中に、バーに突っ込んでったことがあったじゃない(笑)」

      榊原「あ~!!ありましたね(笑)。グランジュッテの時に斜めに行って、角のバーとバーの真ん中に足が入っちゃって。何であんなことになったんでしょうね(笑)。怪我は無かったんですけどね。わたし運動神経は良かったので!(笑)。」

      努力家だったわね(塚本)

      バレエが大好きだったんです(榊原)

      榊原「それとやっぱり、祐ちゃんの存在は大きかったですね。私たちが「今日はもうこれくらいでいいね。みんなでお昼ご飯買いに行こう!」って言うと祐ちゃんが「ちょっと待って。」って言って「それじゃもうちょっとやろうか」っていうことになって(笑)。それは大きかったと思います。」

      塚本「ふたりが良きライバルだったから、成長も早かったわね。"仲が良くてライバル"っていう環境が良かったんだと思うわ。」

  • 塚本先生について
    • 榊原「塚本先生についてか・・・本人の前じゃねぇ(笑)。 とても感謝しているし、素晴らしいなと思います。自分もいま生徒を教えていますが、いつも塚本先生から教わったことを思い出してますね。自分が踊れても、それをどう物理的に説明するかとか、10歩さがってその子の目線になって、どうしたら伝わるのかっていつも悩みます。そんな時は、自分が塚本先生にどう教わったかを思い出して伝えるようにしています。そこは新しいやり方ではなく、自分がやってきたことを素直に伝えて、それを吸収してくれる子が伸びていくと思うし、自分がやってきたことはすごくシンプルで"言われたことを地道に毎日やる"だったんです。」

      "繰り返し、繰り返し"でもそこから1mmでも上がっていく事が大切なんです(榊原)

      よく覚えててくれたわね。1mmの世界を!(塚本)

      榊原「基礎って飽きちゃうんですよね。楽しいことじゃないし。でも基礎がしっかりしてないとバレエ踊れない。そんな事を教えてくれた塚本先生はいつも身近にいますね。」

      塚本「ストレッチで、たとえ一日1mmしか出来なくてもそれが365日続けば大きな結果が出るからね。あの頃、そんなことばかり言ってたわね。」

      榊原「それと、塚本先生は自分たちにすごく時間をかけてくださったので、それも私が教えてる子たちにも実践していきたいと思っています。」

  • コンクールについて
    • 榊原「私にとってコンクールはいろんなものが得られた場でしたね。毎回、勉強しに行く気持ちで出場せて頂きました。ラッキーもあったし、すごく新鮮ないい思い出として残ってます。なので、いま教えている子どもたちにも、コンクールは結果じゃなくてそれまでの過程がプラスになることだから、点数の事とか、賞の事にとらわれずに楽しんで踊るようにって言っています。"踊りの基本は、お客さんを喜ばせること"って自分にも言い聞かせてきたことだし、私はそれで成功してきたので、それを伝えられたらいいなと思います。」

      でもさ、弘子ってよく泣いたよね?(塚本)

      泣きました!(榊原)

      塚本「弘子はコンクールに行って自分の出来が悪いと、わーんわーん泣いてたわね(笑)。 何位だったからとかで泣いてるんじゃなくて、いつも出来ていた事が出来なかった自分に腹を立てて泣いてたのね。」

      榊原「トゥシューズを叩いたりして(笑)泣いてましたね。」

      塚本「祐ちゃんは、その点泣かなかったわね?」

      榊原「そうですね。祐ちゃんはマイペースでしたね。小さいころからとても安定した踊りで、3回まわるところではきっちり3回まわって。それに私みたいに、途中でコケたり(笑)変な失敗はしないですもん!」

      みんなそれぞれ違うタイプで、個性的だったわね(塚本)

      榊原「あっ!面白いエピソード思い出しました!私、2回目の舞台に立った時、ドン・キホーテのヴァリエーションとコーダをやらせてもらって、初めてのフェッテ32回っていうのがあったんです。先生覚えてますか?その頃わたしすごく細くて、勢いが自分でコントロール出来なくて、だんだん大きくブレてって16回くらいでピューっと飛ばされちゃったんです(笑)。それでいつもの練習の時みたいにセンターに戻って、プレパレーションからまた始めたんです(笑)。ピケとか何かすればいいのに、また戻って飛ばされて、それを3回くらい繰り返したんです!!もちろん、そのあとは大泣きでしたけど(笑)。」

      塚本「舞台で失敗しても、次につながればいいのよ。」

      榊原「それにしても無茶ですよね。習い始めて6か月でフェッテ32回まわるなんて。それもシングル、シングル、シングルの4回目ダブルですよ。」

      塚本「失敗するのが怖くてやらせない先生もいるでしょ。私は"日本人が外国に出ていくためには武器がないといけない"と思ってたので、すごく必死になって教えたのね。」

      榊原「ピルエットだけでも、何時間もレッスンしましたよね。」

  • バレエダンサーという職業について
    • 榊原「ラッキーでしたね。塚本先生に出会えたこともそうだし、競える友達がいたということもそうですね。ローザンヌのコンクールも東京開催でなかったら出場していなかったと思うし、全てにおいてタイミングがよく進んできましたね。」

      すごいね!っていつも言われるけど、ラッキーだったとしか言いようがありません(榊原)

      いつも考えていれば、チャンスは必ず来るのよ(塚本)

      塚本「夢が現実にならない人は途中でやめる人。"無理だから"ってあきらめからスタートしちゃだめよね。」

  • 現在、海外を拠点に活動していますが、いかがですか?
    • 榊原「2000年から海外に出てるんで、もう外国生活は長いですね。最後のバレエ団はニューヨークのコンプレクションズ・コンテンポラリー・バレエ団なんですが、本当にもういいなっていうくらい踊りました(笑)。ニューヨークでは2週間公演をするだけで、あとはすべてツアーに出てました。コンテだから、バレエとトレーニングの仕方も違って大変だろうなと思ってたんですけど、1週目で泣きましたね(笑)。つらすぎて。それくらい大変でした。でもきっと私は、海外のほうが伸び伸びと踊れるタイプかなって思いますね。」

      塚本「弘子は海外のほうが合うわね。」

  • バレエから離れた時の息抜きは何ですか?
    • 榊原「掃除したり、犬の散歩をしたりかな。イングリッシュブルドッグを飼ってます。」

      観たいって言ってくれる人がいるうちは踊り続けたいですね(榊原)

  • バレエダンサーとして日ごろ心がけていることは?
    • 榊原「基本に戻るってことでしょうかね。最初に始めたくらいの時の心構えは忘れないようにしています。」

  • 好きなバレエの演目は?
    • 榊原「ドラマチックなものが好きです。内容があって演じられる役が楽しいですね。

      塚本「具体的には?」

      榊原「『ロミオとジュリエット』はやってみたかったですね。」

      塚本「観たいわね。」

      榊原「私は、踊り込めば踊り込むほど役に入っていけるタイプですね。」

  • 10年後の自分は?
    • 榊原「もう踊ってないことを願ってます(笑)。教えのほうも落ち着いて、子育てに専念できていたらいいなと思います。」

  • 将来バレエダンサーを目指す後輩へメッセージをお願いします。
    • 榊原「夢を持って、初心を忘れず頑張ってください!! 大変な時が無いと崩れやすいと言うか、見失いやすいと思うんです。昔から『苦労は買ってでもしろ』って言いますものね?あきらめずに続けて欲しいです。」

      塚本「それは自分に返ってくるから。苦労したほうが次の時、自分にいかせるものね。」

      榊原「塚本先生の教えは『バレエを教える』じゃなくて『バレエを通して人生を感じて欲しい』ということだったと思います。バレリーナにならないならお稽古しないって言うんじゃなくて、それを通して何かを感じていって欲しいですね。」

ゲスト榊原弘子さん

◆榊原弘子 SAKAKIBARA HIROKO (バレエダンサー)

愛知県出身。島田倫子、塚本洋子に師事。1989年ローザンヌコンクールにてスカラーシップ賞受賞。ベルギー・アントワープ市立バレエ学校留学。90年 パリ国際バレエ・コンクールにてジュニア女子第1位受賞。91年ロイヤル・フランダース・バレエ団入団。00年マキシマム・ダンス・カンパニー入団。03年サン・ポスト紙にてベスト・フィメール・ダンサー選出。'08年よりコンプレクションズ・コンテンポラリー・バレエ所属。現在は自らの経験を若いダンサーに伝えるべく後進の指導に力を入れている。